公 表 論 文   

   * 論文のほか、史料紹介、辞典項目、新聞でのコメントなどを含みます


【2018年】

 「著者に聞く 『高坂正堯――戦後日本と現実主義』/服部龍二インタビュー」(web中公新書、2018年11月14日)

 「この3冊 シベリア出兵」(『毎日新聞』2018年6月24日朝刊9面)

 インタビュー記事「官邸主導の起点」(『福井新聞』2018年5月27日朝刊19面)

 インタビュー記事「官邸主導の起点に」(『上毛新聞』2018年5月27日朝刊12面)

 「100歳を迎えた中曽根康弘・元首相」(『WEBRONZA』2018年5月27日)

 衆議院議長時代の幣原喜重郎の史料に関するコメント(『河北新報』2018年5月3日朝刊24面


【2017年】

 「両次世界大戦期間的東亜国際政治史」(日本国際政治学会編『日本国際政治学 第4巻 歴史中的国際政治』北京:北京大学出版会、2017年11月)86-99頁

 Ryuji Hattori and Tosh Minohara,"The 1920s: The Washington Treaty System and the Immigration Issue," in Makoto Iokibe, ed., translated by Tosh Minohara, The History of US-Japan Relations: From Perry to the Present (Singapore: Palgrave Macmillan, 2017), pp. 63-82

 Fumiaki Kubo, Ryuji Hattori, and Satoshi Hattori,"The 1930s: Japan's War with China and American Non-Recognition," in Makoto Iokibe, ed., translated by Tosh Minohara, The History of US-Japan Relations: From Perry to the Present (Singapore: Palgrave Macmillan, 2017), pp. 83-102

 「栗山尚一元駐米大使著作目録」(『中央大学論集』第38号、2017年2月)77-84頁

 「岡村二一『外相渡歐に随伴して』――記者が語った松岡外相訪欧」(麻田雅文編『ソ連と東アジアの国際政治 1919-1941』みすず書房、2017年2月)342-375頁


【2016年】

 「中曽根康弘──新冷戦を越えて」(増田弘編著『戦後日本首相の外交思想──吉田茂から小泉純一郎まで』ミネルヴァ書房、2016年9月)291-310頁

 「田中首相・ヒース首相会談録──1972年9月18、19日」(『外交史料館報』第29号、2016年3月)61-79頁 *PDFで開きます

 「田中角栄首相の訪欧と日ソ共同声明──1973年9、10月」(佐藤元英・服部龍二編著『日本外交のアーカイブズ学的研究U』中央大学出版部、2016年1月)127-147頁

 「38 ヤップ島問題(1920〜22年)──C式委任統治と日米交渉」「39 ワシントン会議」「45 山東出兵と済南事件(1927〜28年)──国際政治の転機」「46 張作霖爆殺事件(1928年)──田中外交の末路」(簑原俊洋・奈良岡聰智編『ハンドブック近代日本外交史──黒船来航から占領期まで』(ミネルヴァ書房、2016年1月)168-175、190-193頁


【2015年】

 「田中角栄首相と東南アジア」(福永文夫編『第二の「戦後」の形成過程──1970年代日本の政治的・外交的再編』(有斐閣、2015年12月)119-139頁

 〈辞典項目〉「九ヵ国条約」「九ヵ国条約会議」「幣原外交」「田中メモランダム」「張作霖爆殺事件」「ワシントン体制」(吉田裕・森武麿・伊香俊哉・高岡裕之編『アジア・太平洋戦争辞典』(吉川弘文館、2015年11月)142-143、272、401、418-419、715頁

 「〈書評〉井上寿一『終戦後史 1945-1955』」(『日本経済新聞』2015年8月16日21面)

 「中曽根康弘首相の外交思想──歴史認識を中心として」(『現代史研究』第11号、2015年3月)67-79頁 *PDFで開きます

 「中曽根康弘首相・全斗煥大統領会談録──1983年1月」(『中央大学論集』第36号、2015年2月)51-58頁


【2014年】

 「田中首相・スハルト大統領会談録──1974年1月15日」(『外交史料館報』第28号、2014年12月)59-70頁 *PDFで開きます

 「政党内閣、宮中とワシントン体制」(小川原宏幸ほか『岩波講座 日本歴史 第17巻 近現代3』岩波書店、2014年12月)141-172頁

 「〈書評〉種稲秀司著『近代日本外交と「死活的利益」──第2次幣原外交と太平洋戦争への序曲』」(『国史学』第214号、2014年11月)117-125頁

 「日本の大陸拡張政策と中国国民革命運動」(北岡伸一・歩平編『「日中歴史共同研究」報告書 第2巻 近現代史篇』勉誠出版、2014年10月)163-195頁

 「連立政権合意文書――1993-2012」(『中央大学論集』第35号、2014年2月)67-102頁

 「〈書評〉本田良一『日ロ現場史 北方領土――終わらない戦後』」(『日本経済新聞』2014年2月9日朝刊23面)


【2013年】

 「大平・蒋介石・沈昌煥会談記録――1964年7月」(『外交史料館報』第27号、2013年12月)115-124頁 *PDFで開きます

 「〈書評〉大平正芳/福永文夫監修『大平正芳全著作集』全7巻」(東京財団ホームページ、2013年12月)

 「田中角栄元首相 没後20年に思う」(『新潟日報』2013年12月14日)

 「日中対話のパイプをどう取り戻すか」(『中央評論』第284号、2013年7月)113-125頁

 「歴史認識問題――相剋と和解」(大芝亮編『日本の外交 第5巻 対外政策 課題編』岩波書店、2013年7月)227-244頁

 「日ソ不可侵条約問題──外務省座談会の記録から」(佐藤元英・武山眞行・服部龍二編著『日本外交のアーカイブズ学的研究』中央大学出版部、2013年3月)93-168頁

 「〈書評〉川田稔『戦前日本の安全保障』」(『日本経済新聞』2013年3月24日朝刊21面)

 「後宮虎郎アジア局第2課長研修所講演速記『日華平和条約交渉経緯』1952年6月25日」(『中央大学論集』第34号、2013年2月)1-22頁

 「断罪ではなく教訓を」(『歴史街道』2013年4月号)114頁

 「岡崎嘉平太と中国」(岡山県郷土文化財団岡崎嘉平太記念館『日中国交正常化40周年記念 岡崎嘉平太がめざした世界平和への道を考える 第11回 講演会』岡山県郷土文化財団岡崎嘉平太記念館、2013年1月)1-16頁


【2012年】

 「2011年12月22日公開ファイル『日中国交正常化』ほか」(『外交史料館報』第26号、2012年12月)79-109頁 *PDFで開きます

 「日中国交正常化を読み解く」(新潟日報社編『日中国交正常化――いま明かされる舞台裏』新潟日報事業社、2012年12月)152-165頁

 「〈書評〉早野透『田中角栄』」(『日本経済新聞』2012年12月23日朝刊21面

 「日中国交正常化40周年記念 日中 これまでの40年、これからの40年」(東京大学出版会ブックフェア、2012年12月) *PDFで開きます

 「日満議定書」「日ソ中立条約」「リットン調査団」(貴志俊彦・松重充浩・松村史紀編『二〇世紀満洲歴史事典』吉川弘文館、2012年12月)380-381、386-387、518-519頁

 「『井戸を掘った人を忘れない』――岡崎嘉平太と周恩来」(『日経ビジネスオンライン』2012年11月9日)

 「中曽根・胡耀邦関係と歴史問題 1983-86年」(高原明生・服部龍二編『日中関係史 1972-2012 T 政治』東京大学出版会、2012年9月)167-196頁

 「尖閣諸島領有権の原点と経緯」(『外交』第15号、2012年9月)35-47頁

 「外交オーラル・ヒストリー」(『草のみどり』第259号、2012年9月)1頁

 「田中角栄、大平正芳のリーダーシップ 日中国交正常化から何を学ぶか」(『ダイヤモンド・オンライン』2012年9月19日)

 服部龍二・鹿錫俊・高原明生鼎談「満州事変から81年」(『毎日新聞』2012年9月18日朝刊10、11面)

 「ニュースの本棚 日中国交回復40年」(『朝日新聞』2012年9月16日13面)

 「日中関係 2つの原点――日中国交正常化と中曽根・胡耀邦関係」(『調査情報』第508号、2012年9・10月号)24-29頁

 「日本の分岐点 40年前 日中国交正常化」(『毎日新聞』2012年8月26日朝刊4面)

 「〈書評〉孫平化/武吉次朗『中日友好随想録――孫平化が記録する中日関係』上下巻」(『日本経済新聞』2012年6月10日朝刊19面

 「日中関係史の記憶と研究――1972年の国交正常化を中心として」(『中央評論』第64巻第1号、2012年5月)146-151頁

 “Controversies over the Tanaka Memorial,” in Daqing Yang, Jie Liu, Hiroshi Mitani, and Andrew Gordon, eds., Toward a History Beyond Borders: Contentious Issues in Sino-Japanese Relations (Cambridge: Harvard East Asian Center, 2012), pp. 121-147

 「〈書評〉ヘンリー・A.・キッシンジャー/塚越敏彦ほか訳『キッシンジャー回想録 中国』上下巻」(『日本経済新聞』2012年5月6日朝刊19面

 「〈書評〉三宅正樹・石津朋之・新谷卓・中島浩貴編著『ドイツ史と戦争――「軍事史」と「戦争史」』」(『週刊読書人』第2926号、2012年2月10日第4面)

 「日中国交正常化――田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦」(『アジア時報』2012年1・2月号)28-35頁


【2011年】

 「日中国交正常化の精神とは」(『朝日新聞』2011年12月22日朝刊17面)

 「〈書評〉丹波實『わが外交人生』」(『日本経済新聞』2011年9月11日朝刊29面)

 「藤尾文相発言――外務省記録から」(『中央大学政策文化総合研究所年報』第14号、2011年8月)61-80頁 *PDFで開きます

  「この人・この3冊 石原莞爾」(『毎日新聞』2011年4月17日11面)

 “Japan's Continental Expansion Policy and the Chinese National Revolution Movement”(日中歴史共同研究、近現代史第1部第3章の英訳、2011年3月)66-94頁
    *外務省ホームページに掲載された英訳(PDFで開きます)では70-98頁となります

 〈辞典項目〉「幣原喜重郎」「広田弘毅」(伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料情報辞典 4』吉川弘文館、2011年3月)316、333頁

 「大平・ケ小平・華国鋒会談記録――1979年2、12月」(『中央大学論集』第32号、2011年3月)37-69頁 *PDFで開きます

 「中曽根・胡耀邦会談記録――1983、84、86年」(『総合政策研究』第19号、2011年3月)161-203頁


【2010年】

 「広田弘毅について」(『比較法制研究』第33号、2010年12月)103-118頁

 「歴史研究の地平」」(Chuo Online、2010年6月)

 「日中歴史認識と『田中上奏文』」(『UP』第452号、2010年6月)1-5頁

 「田中首相・ニクソン大統領会談記録――1972年8月31日、9月1日」(『人文研紀要』第68号、2010年3月)413-444頁 *PDFで開きます

 「顧維鈞とブリュッセル会議──『条約の神聖』を求めて」(中央大学人文科学研究所編『中華民国の模索と苦境 1928〜1949』中央大学出版部、2010年3月)157-192頁

 「日本の大陸拡張政策と中国国民革命運動」(日中歴史共同研究報告書近現代史第1部第3章、2010年1月)224-242頁

    ⇒「日本的大陸拡張政策与中国国民革命運動」(中国語版、2010年9月)163-178頁として中国語訳されました


【2009年】

 「大平・金鍾泌会談記録――1962年秋」(『人文研紀要』第65号、2009年9月)193-234頁 *PDFで開きます

 「日本外交と国際政治」(中央大学総合政策学部編『新たな「政策と文化の融合」──総合政策の挑戦』中央大学出版部、2009年3月)295-302頁

 「宮澤談話に関する一史料」(『中央大学論集』第30号、2009年3月)13-19頁 *PDFで開きます

 「戦間期アジア国際政治史」(日本国際政治学会編/李鍾元・田中孝彦・細谷雄一責任編集『日本の国際政治学 第4巻 歴史の中の国際政治』有斐閣、2009年3月)97-110頁

 「金大中事件に関する一史料」(『総合政策研究』第17号、2009年2月)1-6頁 *PDFで開きます

 「〈書評〉高光佳絵『アメリカと戦間期の東アジア──アジア・太平洋国際秩序形成と「グローバリゼーション」』」(『歴史学研究』第850号、2009年2月)55-58頁

 「時代概説 協調外交から地域主義へ」「幣原喜重郎 霞ヶ関正統派外交から超党派外交へ」「広田弘毅 協和外交の破綻」「コラム 『田中上奏文』と対日イメージ」「エピローグ 日本外交の主役たち」(佐道明広・小宮一夫・服部龍二編『人物で読む近代日本外交史──大久保利通から広田弘毅まで』吉川弘文館、2009年1月)223-234、248-261、295-316頁


【2008年】

 戸部良一・服部龍二・冨塚一彦「論評 『日本外交文書』昭和期U第1部第5巻所収「川越・張群会談」関係文書について」(『外交史料館報』第22号、2008年12月)53-80頁

 「プロローグ 現代日本外交の軌跡」「時代概説 日中戦争から太平洋戦争へ」「コラム 欧米派と革新派」(佐道明広・小宮一夫・服部龍二編『人物で読む現代日本外交史──近衛文麿から小泉純一郎まで』吉川弘文館、2008年12月)1-4、8-20、106-107頁

 「〈読書案内〉歴史認識問題」(『歴史と地理』第614号、2008年5月)39-42頁

 「〈書評〉酒井哲哉著『近代日本の国際秩序論』」(『日本歴史』第719号、2008年4月)127-129頁

 「ワシントン体制 1920年代」の一部、「日本の戦争とアメリカの不承認 1930年代」の一部(五百旗頭真編『日米関係史』有斐閣、2008年3月)83-139頁 ⇒ 五百旗頭真編著/周永生等訳『日美関係史』(北京:世界知識出版社、2012年)として中国語訳されました

 「〈書評〉殷燕軍著『日中講和の研究──戦後日中関係の原点』」(『史学雑誌』第117編第1号、2008年1月)61-68頁


【2007年】

 「日本研究における外国史料の活用」(『日本史研究』第544号、2007年12月)80-81頁

 「学界展望」の一部(『年報政治学』2007年-U、2007年12月)221-222頁

 〈辞典項目〉「幣原喜重郎」(伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料情報辞典 3』吉川弘文館、2007年12月)288頁

 「歴史研究が現代外交にもたらすもの」(『論座』2007年9月号)60-65頁

 「〈書評〉後藤春美著『上海をめぐる日英関係 1925-1932年──日英同盟後の協調と対抗』」(『西洋史学』第225号、2007年8月)82-84頁

 「満州事変後の日中宣伝外交とアメリカ──『田中上奏文』を中心として」(服部龍二・土田哲夫・後藤春美編『戦間期の東アジア国際政治』中央大学出版部、2007年6月)199-275頁

 「ワシントン体制下の国際政治──1920年代」「村山談話」(川島真・服部龍二編『東アジア国際政治史』名古屋大学出版会、2007年6月)114-136、334-335頁

 「ワシントン会議──海軍軍備制限条約、九ヵ国条約への調印」「幣原喜重郎外相と南京事件──対中政策をめぐる論争」(鳥海靖編『近代日本の転機 明治・大正編』吉川弘文館、2007年6月)279-286、287-295頁

 「村山談話と外務省──終戦50周年の外交」(田中努編『日本論──グローバル化する日本』中央大学出版部、2007年3月)73-102頁


【2006年】

 「幣原喜重郎について──外務省記録とその周辺」(『外交史料館報』第20号、2006年10月)21-41頁

 「第1次近衛声明前後の国民政府外交部」(佐藤東洋士・李恩民編『東アジア共同体の可能性──日中関係の再検討』御茶の水書房、2006年7月)57-74頁

 「満州事変前の日ソ関係──日本外交史の側から」(『ロシア史研究』第78号、2006年5月)33-37頁

 「囲繞《田中奏摺》的論争──実際存在説与偽造説之間」(劉傑・三谷博・楊大慶編『超越国境的歴史認識──来自日本学者及海外中国学者的視角』北京:社会科学文献出版社、2006年5月)82-110頁

 「『田中上奏文』をめぐる論争──実存説と偽造説の間」(劉傑・三谷博・楊大慶編『国境を越える歴史認識──日中対話の試み』東京大学出版会、2006年5月)84-110頁

 「幣原喜重郎講演『外交管見』」(『総合政策研究』第13号、2006年3月)99-112頁 *PDFで開きます

 「幣原喜重郎の政策と人脈」(『中央大学論集』第27号、2006年3月)21-57頁


【2005年】

 〈辞典項目〉「9カ国条約」「5カ国条約」「山東問題」「幣原外交」「南洋群島委任統治」「パリ平和会議への日本参加」「4カ国条約」「ワシントン会議」「ワシントン体制」(猪口孝ほか編『国際政治事典』弘文堂、2005年12月)245、321、406、427、731、798-799、1015、1069、1071頁

 「幣原喜重郎と戦後政治」(『人文研紀要』第55号、2005年10月)1-37頁


 "Shidehara Kijuro and the Supra-Party Diplomacy, 1950,"(『中央大学政策文化総合研究所年報』第8号、2005年6月) pp. 171-187 *PDFで開きます

 「『田中上奏文』と日中関係」(中央大学人文科学研究所編『民国後期中国国民党政権の研究』中央大学出版部、2005年3月)455-493頁

 若枝一憲述/服部龍二・瀬戸口勲編「新ODA大綱の策定」(『総合政策研究』第12号、2005年3月)127-134頁

 「幣原喜重郎の戦前と戦後──東京裁判を超えて」(『中央大学論集』第26号、2005年3月)1-15頁



【2004年】

 「盧溝橋事件における国民政府外交部と冀察政務委員会──外交部档案『盧溝橋事件──本部與冀察当局商洽情形』を中心に」(『人文研紀要』第51号、2004年10月)1-35頁

 〈辞典項目〉「幣原喜重郎」(伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料情報辞典』吉川弘文館、2004年)205-207頁

 「日中戦争期の幣原喜重郎」(『中央大学政策文化総合研究所年報』第7号、2004年6月)3-15頁


 「〈書評〉斎藤聖二著『日清戦争の軍事戦略』」(『軍事史学』第40巻第1号、2004年6月)84-90頁

 「明治大正期の幣原喜重郎」(『中央大学論集』第25号、2004年3月)1-41頁


【2003年】

 「東アジア国際政治史研究の可能性」(『歴史学研究』第779号、2003年9月)8-12、51頁

 「ロンドン海軍軍縮会議と日米関係──キャッスル駐日米国大使の眼差し」(『史学雑誌』第112編第7号、2003年7月)59-84頁

 「幣原没後」(『創文』第454号、2003年6月)16-20頁

 「〈書評〉樋口秀実著『日本海軍から見た日中関係史研究』(『史学雑誌』第112編第2号、2003年2月)84-92頁


【2002年】

 「第2回日欧歴史教育会議」(『近現代東北アジア地域史研究会ニューズレター』第14号、2002年12月)144-148頁

 「幣原喜重郎と20世紀の日本」(『書斎の窓』第517号、2002年9月)19-23頁

 「〈書評〉黒沢文貴、斎藤聖二、櫻井良樹編『国際環境のなかの近代日本』(『東アジア近代史』第5号、2002年3月)100-101頁



【2001年】

 「中国革命外交的挫折──中東鉄路事件与国際政治(1929年)」(米慶余主編/宋志勇・藏佩紅副主編『国際関係与東亜安全』天津:天津人民出版社、2001年)294-308頁

 「重光駐華公使報告書」(軍事史学会編『再考・満洲事変』錦正社、2001年)247-259頁
   
同書は市販されていますが、『軍事史学』(第37巻第2・3号)を兼ねています。

 「カリフォルニア大学バークレー校主催シンポジウム“Treaty-Bound: Japanese Politics and International Diplomacy, 1853-Present”」(『近現代東北アジア地域史研究会ニューズレター』第13号、2001年12月)108-110頁

 「『戦間前期』東アジア国際政治史文献目録──拙著『東アジア国際環境の変動と日本外交1918-1931』追補」(『拓殖大学論集 人文・自然・人間科学研究』第6号、2001年10月)65-94頁

 「戦間期イギリス外交の個人文書等について」(『拓殖大学論集 政治・経済・法律研究』第3巻第3号、2001年3月)59-67頁

 「〈書評〉三宅正樹著『ユーラシア外交史研究』」(『明治大学社会科学研究所紀要』第39巻第2号、2001年3月)405-409頁

 伊藤隆編『日本近代史料情報機関設立の具体化に関する研究』(科学研究費補助金研究成果報告書、2001年)の第4章「『近代日本史料情報機関設立の具体化に関する研究』研究会速記録集」417-438頁、に、政策研究大学院大学政策研究プロジェクトセンターにて2000年12月14日に行った近代日本史料研究会講演速記録が掲載されています。


【2000年】

 「中華民国外交部档案庫の所蔵公開状況──対日関係を中心として」(『近現代東北アジア地域史研究会ニューズレター』第12号、2000年12月)46-73頁

 「南開大学日本研究センター主催国際会議『国際関係と東アジアの安全保障』の概要」(『拓殖大学論集 政治・経済・法律研究』第3巻第2号、2000年12月)87-92

 「満州事変における秩序回復の可能性」(『政治経済史学』第410号、2000年10月)17-34頁

 「東アジア構想の相剋──中ソ紛争と国際政治:1929」(『拓殖大学論集 政治・経済・法律研究』第3巻第1号、2000年8月)149-159頁

 「中国革命外交と日米英──1928-1929」(『中国研究月報』第54巻第7号、2000年7月)39-49頁

 「『鮮満防衛』体制の模索──原内閣の対満蒙政策と国際政治」(『社会文化科学研究』第4号、2000年2月)39-68頁


【1999年】

 「ロシア対外政策公文書館を訪れて」(『近現代東北アジア地域史研究会ニューズレター』第11号、1999年12月)13-17頁

 「ワシントン体制論の分化──中国修約外交と日米英」(『国際政治』第122号、1999年9月)54-68頁

 「『戦間前期』東アジア国際政治研究の方法論的覚書」(『政治経済史学』第396号、1999年8月)1-17頁

 「ワシントン会議と極東問題──1921-1922」(『史学雑誌』第108編第2号、1999年2月)1-33頁

 「パリ講和会議と五・四運動」(『社会文化科学研究』第3号、1999年2月)3-25頁


【1998年】

 「田中内閣とソ連──日ソ不可侵条約問題と対日政治宣伝禁止問題を中心として:1927-1929」(『政治経済史学』第387号、1998年11月)1-9頁

 「済南事件の経緯と原因」(『軍事史学』第34巻第2号、1998年9月)19-30頁

 「協調の中の拡張策──原内閣の在華権益拡張策と新4国借款団」(『社会文化科学研究』第2号、1998年2月)7-30頁


【1996年】

 「中国外債整理交渉における幣原外相と重光駐華臨時代理公使──ワシントン体制下の2つの対外路線と満州事変:1929-1931」(『国際政治』第113号、1996年12月)167-180頁

 「張作霖爆殺事件における関東軍上層部──『河本大作供述書』(1953年4月11日)を中心として」(『六甲台論集 法学政治学篇』第43巻第2号、1996年11月)65-71頁

 「原外交と幣原外交──日本の対中政策と国際環境:1918-1927」(『神戸法学雑誌』第45巻第4号、1996年3月)763-807頁